![]()
2001年度 年越しキャンプ
( reported by 林道戦隊 ハッタ)
誰が言い出したかは知らないが、小生がミストラルに入部した年に“年越しキャンプ”なる企画が誕生し、その年に真冬のキャンプデビューを飾ったのであった。その年はよくもまー、これだけ物好きが集まったものだと感心した。正月早々、みんな家を空けていいの?と思いもした。野営地は淡路島の常隆寺キャンプ場。キャンプ場はたいした設備もなく(当時は水が出なかった)、また冬場のためほかの客は皆無なので、面子内で大騒ぎできたものだ。それから7年の歳月が流れ、年越しキャンプはミストラルの伝統行事に昇格を果たした。しかし、伝統行事に付き物の参加者の高齢化、後継者不足の不安を抱えることになっていったのであった。
2001年を年越しするキャンプはたこフェリー(旧明石フェリー)に12:00集合。相変わらず時間にルーズな小生は遅れ、遅れついでに今日の参加者の買出しを兼ねる事になって、集合場所についたのは13:00頃であった。今回の参加者は、矢能、村上、生田(急きょ参加表明)、小生の四人と、夜に合流する吉田、畑の両名、計6名であった。最初は4人という、過去最低の参加者であったが人数が増えて一安心した。
今回のキャンプでは、小生は昨年同様ボンゴにて参加。愛社BAJAが年内に治らなかったためと、タープを張るために否応なくクルマとなったのであった。ほかの面子は単車である。
小生が到着早々、見送りのねーやんに別れを告げ、船は明石海峡へ旅立った。船内で各自、淡路での走りに備え昼食をとった。船内ではカワサキKAZEカードを持っているとコーヒー無料サービスなので、小生は無料コーヒーで体を温めた。
明石を出てから約20分後、岩屋港に入港し淡路島に上陸。R28を南下し東浦町を目指す。道中、快晴でありこの天気で明日は曇り降水確率40%は信じられなかった。東浦町内のスーパーで食料、酒の買出しをすませ、常隆寺へGO!
久留麻の交差点から県道71で常隆寺を目指す。晴天、交通量が少ないため、快適に走れるが、常隆寺へは片道1車線の山道を通らねばならない。車で行くと行き(大晦日)はいいのだが、帰り(元旦昼前)は参拝の車で所々渋滞を起こすため、かなり辛い。
買出しを行ってキャンプ場についたのが16:00頃。キャンプ場に着き、各自が今宵の寝床をこしらえる間に、小生は管理事務所の常隆寺に挨拶に行った。まだ閑静な常隆寺をみた。
各自の寝床が出来上がると今宵の宴会会場の製作。二年前までは寒風に耐えながらも薪をくべ、酒盛りをし、暖を取り新年を迎えていた。昨年からは簡易ながらもテントを作成したため、防風に対して著しい効果を得ることができた。よって今年も同じ様に製作。これで寒風なんて大分へっちゃら(宴会場の製作前、製作後は写真参照)。
宴会場が出来上がったのが17:00頃。少し早いが宴会の始まり。激動の2001年を思いビールで乾杯した。2001年最後の晩餐は“キムチ鍋”!オードブルに厚焼き出汁巻き卵、八幡巻き、焼き豚、そして特製肉じゃが。
一部の人がハマグリ?の網焼きを拵えるが、うーん、失敗?それは、ずーっと貝を炙ってみたが全く蓋が開かないため、無理やりナイフでこじ開けて、酒+みりんを加える男の姿であった。開けては見たものの、やはり火が通ってないため、またもや蓋を閉じて火にかける矢能氏。それでも煮えないので、業を煮やした矢能氏は、バーナーで直接ハマグリを炙るのであった。結局、初っ端のハマグリ4個のうち、2個が失敗作となった。捨てられた貝の恨みは、矢能氏のイワタニ・バーナーのノズルを詰まらすのに十分な遺恨を持っていたのであった。
貝の恨みはさておき、待望のキムチ鍋が完成。寒い夜空の中でなんてうまいんだ!鍋をほおばる間にししゃも、つまみ類をいただく。そのときに仕事を終えた吉田氏から連絡があり、これより現地に向かうとのこと。キャンプ場では電波の状態が安定せず、アンテナ2本立っていたかと思うとすぐに通話不能となってしまう。そんな状態で吉田氏に自分の食い扶持を持ってくるように指示した。
20:00頃だったか吉田氏到着。道中散々迷ったらしい。小さい看板が出ているが、それを見逃すとワケ分からない道に迷ってしまうのである。それから畑氏からもメールがあり仕事終了が23時頃で現地到着が25:30頃との連絡を受けた。さすがにそんな時間に起きていられる自信がないので、彼には“晩御飯はキムチ鍋と肉じゃがです。チンして食べて下さい”とメールを打った…。
そして吉田氏を迎えて三回目のキムチ鍋を作る。いろいろを食材を買ってきてくれたので助かりましたわ、ほんと。
23:00頃になるとウトウトし時間が経つのが本当に長く感じた。食べるもん食べたし、飲むもの飲んだら後は寝るだけ。寝る前に初詣したい、だから早く年明けてくれ、と願う。その願いが通じたのはやはり60分後であった…。
やっとこさ新年を迎え、常隆寺へ初詣。初詣をし除夜の鐘を突き(年が明けた後だから除夜とは言わないか)、おみくじを引いた。小生の今年発の運勢は“凶”であった…。ここのおみくじはやたらと“凶”が多いような気がする。やはり昨年引いた大吉を奉納するのを忘れたためだろうか?ちなみにその日の昼過ぎに自宅隣の神社でおみくじを引くと、なん
と大吉でありました。
昨年購入した交通安全のお守りをお寺に返し、新たにお守りを購入した。お守りの効能は1年だから毎年代えないとね!初詣を済ませ、後は羽毛シュラフに包まって眠るだけ、の24:30頃、畑氏到着。
本当にギリギリ到着であった。もう少し遅ければ誰も起きていなかっただろう。彼の労働を称え、もう一度宴会を行う。ラストのキムチ鍋を作り、最後の力を振り絞りうどんで締めたのであった。
夜が明け、さぁ初日の出を見よう!という輩はここには居らず、ていうか曇りだから誰も起きない。ここのキャンプ場は展望台があるのだが、山に囲まれているため、初日の出は見えない。その代わり、昨年(2001年正月)は大蔵海岸、ハーバーランドの年越し花火がよく見えた。全員が起床したのが8:00過ぎ。朝食は、もち、パンの他にキムチ鍋の残り汁で作ったおじやを朝食とした。
各自のねぐらと宴会会場を撤収し、年を越えたイベントも終焉となった。帰り道は案の定、片道一車線の山道が渋滞!細い山道を快適に走るボンゴであったが、譲ってくれない参拝の車に往生した。普通、下り優先じゃーないの?そりゃー小生はよそ者ですけど、よける場所がない道で何で道を譲らなきゃなんないの?その時は坂道をバックで20m程上って道を譲った。新年早々不快な思いをしたな!対向車は当たり前といった顔して通っていったのが、腹立ったなー!
そんなことをしている間に単車グループと完全に逸れてしまった。途中、生田氏と連絡をとりフェリーで帰ることを確認。畑、矢能、村上の三名は淡路海峡大橋を渡って川湯温泉へ、吉田氏は橋を渡って帰宅、生田氏と小生はフェリーにて帰宅した。
おまけ
川湯に向かった畑は鉈で大怪我してしまいました。
刃物を使うときは十分注意いたしましょう。
翌朝、目が覚めたら辺りは銀世界だったそうで…。彼らはもう1泊しました。
![]()