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屋久島・九州の旅

長年思い続けていた屋久島に今年こそ、やっとの思いで行ってきました。だらだらと長いだけのお目汚しですが、興味があれば読んでくださいね

出発まで

思い起こせば大学の卒業旅行で、軽バンで九州を一周していた時から気になり続けていた屋久島。その後世界遺産に指定され、観光客も倍増しているであろうが、それでも行きたいという気持ちは抑え切れなかった。何がこんなに私を呼んだんだろう。
数ヶ月前から、登山に備えてジョギングをしていたが、出発3週間前になって、足の甲に靴下の上から熱湯をかけ、ちょびっとしたやけどを作ってしまい、靴が履けずジョギングが出来ない。普段から、あまり医者を信用していない私。医者に行っても抗生物質入りのステロイドホルモン抗炎症剤を処方されるだけだろうと思い、自分で薬を買って治療。全治3週間くらいらしい。ぎりぎり治るかどうかだったが、何とか登山に差し支えない程度まで、治って出発となった。

4月26日  出発・・・神戸−大阪−宮崎

待ちに待ったGW。世の中より一足お先に行ってきますなのだが、これが後々色んな点で効いてくることになろうとは、出発の時は思いも寄らなかった。
この日の為に前から仕事を詰めてやってきたのに、26日もばたばたと仕事が入り、3時頃に早退するのが怪しい雰囲気になったが、何とかこなし3時に退社。6時半頃には南港に到着する。
19時30分大阪南港カモメターミナル発宮崎行きのマリンエキスプレスに乗船。乗船間際まで2等か2等寝台か迷ったが、ハートの会員割引がきいたのと、これからの旅の間の体調を万全にしたいという思いから、2等寝台を取る。
この日は一日早いGWということもあり、そんなに混んでいない。(だから寝台に変更できたのだが)ライダーさんもかなり少な目。そのうち私を含めて4台(刀さん、パパさん(883)、もう一台忘れた)が屋久島を目指していた。
フェリーはなかなかキレイで、お風呂もまあまあ。ただし乗船後すぐに入らないと混むみたい。外海を通るのでしけているときはかなり揺れるらしいが、この日は海も穏やかだったようで、船酔いはしなかった
2等寝台では、お向かいの奈良のおばちゃんと仲良しになった。

4月27日 予定変更から旅は道連れ・・・宮崎−鹿児島−屋久島

お向かいの奈良のおばちゃんが朝5時から荷物を整理し始めて、その音で目が覚める。到着が8時だから7時までは寝られると思っていたのに、これには参った。それでも7時までは布団の中でうだうだして、体力の温存を図った。起床後はこのおばちゃんと下船間際まで楽しくお話をしてすごす。
宮崎着。晴れ
 屋久島行きのフェリーは折田汽船・フェリー屋久島2で出航が翌朝8時のため、この日はのんびり、都井岬や飫肥、桜島観光の予定だったが、下船のため車両甲板へ向かう途中パパさんライダーからこの日の午後2時に、貨物に先着12台まで乗船できるという情報をget。半日早く屋久島入りできるならと、早速予定変更し、宮崎着岸、下船後は寄り道もせず鹿児島港へまっしぐら。第二屋久島丸
 12時過ぎにフェリーターミナルへ到着し、第二屋久島丸の手続きの場所が分からず、困っていると先着していた数人のライダーさんグループがわざわざ、教えてくれて12台以内に入ることができそう。
 12時30分受付開始で、受付場所への先着順に前から12名。私に情報提供してくれた、パパさんライダーはターミナルにはずいぶん早く着いていたようなのに、受付場所にくるのが遅れて私の次の番。しかし、受付開始時で丁度12名だったので、険悪なムードにもならず、和気あいあいと乗船する事ができた。それにしてもいいかげんな受付だ。定員オーバーしてたら、この順番に意義ありの人も出てくるんじゃないかと思った。
 この鹿児島商船・第二屋久島丸はかつて客船として使われていた形跡のある貨物船で花やら野菜やらも積み込まれていた。あたりまえだけど、中は人を乗せるようにはメンテナンスなんてされておらず、ぼろぼろの廃船状態。私達は乗客ではなく、あくまでバイクの運転手なのだ(だから、フェリー屋久島2より安く屋久島に渡れる)。2等だったらしいスペースでライダーさんの内、枚方のパパさんライダーと岡崎(愛知県)のBMW F650さんと大阪のチャリダーさんと4人で屋久島ネタで盛り上がる。なんとF650さんはかつて屋久島在住者で情報量が多くて助かった。
 私ははじめての屋久島での登山に不安があったため、情報量の多そうな、ライダーハウス「とまり木」の庭にテントを設営させてもらえるよう予約(?)していた。フェリーの屋久島着が18時でパパさんとF650さんがキャンプ場どうしようかとお困りだったので、とまり木に確認したところ「いい男ならOK」との返事。とりあえず、一緒にライダーハウスへ。
いい男だったかどうかは???だが、二人ともとまり木に泊まることになった。これからの数日、屋久島生活を共にすることになる。
 普通のおうちの広いお庭にたくさんのテントが設営されていて、家の中には2段ベッドがたくさんあった。お風呂は一般家庭お風呂、お手洗いもお家のものを使わせてもらえる。ゴミの分別が7種類も有るのは、さすが屋久島という感じ。
 その後、買い出しへ行き、お風呂をいただいて(一人でのんびり入れるのが嬉しい)、食事。メインイベントの縄文杉登山を翌日に控え、早めに就寝予定だったのに、なぜか12時過ぎの就寝となった。

4月28日 縄文杉 壮観

荒川林道登山口
ウィルソン株
縄文杉

  なんと、4時起床。まだ真っ暗。早く行かないとたくさんの観光客であふれかえった縄文杉は魅力が半減するとのF650さんのアドバイスもあり、5時出発予定なのだ。パパさんと一緒に荒川林道の登山口まで行くことになっていたので4時半にたたき起こすよう頼まれていたけど、一人で起きてきた。

トロッコ道
縄文杉

 コーヒーとパンの朝食を取り、日焼け止めを塗って準備完了。ねえさん(ライダーハウスのオーナーの奥さんをそう呼ぶ)の作ってくれた、でかいにぎりめし2個とお茶をカバンに入れ出発。パパさんは大事なカメラ道具一式を忘れ、取りに帰ったので一人で歩くことになる。ま。初めから一人の予定だったので気にはならない。さらに登山口には既に大勢の人。お弁当を食べている人達を横目に6時過ぎに登山開始。はじめの2時間は延々トロッコの線路跡を歩く。枕木のピッチと歩幅があわないので歩きづらい。途中でフェリーが一緒だったチャリダー君と逢ったが、追い越して先に行った。途中からは東京から一人で来てレンタカーでまわっているという女の子と一緒に登ることになった。彼女は屋久島入りして3日目だったので屋久島情報をたくさん提供してくれた。途中大株林道に入ったところから、急に険しい登山道となる。木の根を踏み岩を超えながらウィルソン株までたどり着くと、そこからはほとんど階段がついていた。なんだかがっかりすると同時に、それまで、木の根を踏みつけて罪悪感があったので少しホットする。9時55分縄文杉着。感無量。言葉を失う。まだ人はまばらな中、閑静な屋久杉の森と重厚な縄文杉をしばし味わうことができた。縄文杉を見ながら、にぎりめしを食す。1時間ほど縄文杉でのんびりするが、汗も冷え気温も低かったためかなり寒い。11時に下山開始。途中から雨が降り出したので、雨具を着て歩き続ける。トロッコ道は行きよりも長く感じる。14時30分頃下山。その後、雨の中、尾之間温泉へと向かう。温泉であった三河安城のライダーさんは同じとまり木のお客さんだった。温泉の帰りは「おとなしくとまり木に帰ればこんなに降られずに済んだのに・・・」というくらいの大雨になった。何のために温泉に浸かったのやら・・・。途中マリンエキスプレスで一緒だったライダーさんとすれ違う。大雨の中、途中安房で買い出しをして、キャンプ場に戻ると、ここでもやはりマリンエキスプレスで一緒だった刀さんがいた。小さい島だ。
再度お風呂に入って暖まった後、食事準備。パパさんが買い出しをできなかったらしく、私の買い出した食材で、F650さん(彼は宮之浦岳登山)と3人で本日の報告会の宴となった。雨はひどくなる一方で夜が更けていった。
歯を磨きに洗面所へ行くと、常連さんの一人がとまり木名物とやらの島一周に出発するところだった(零時出発)。とまり木名物という事を知らなかった私は、みんなが盛り上がっているところで「何でそんなことするんですか?」と訊いて場を凍りつかせてしまった。相変わらず空気が読めない私・・・。

出発から3日間走行283km


4月29日 雨そして雨そして大雨

 フライシートにあたる雨音で目が覚める。周りはもう明るい。昨夜からずっと聞こえていた音だし、分かっていたこととはいえがっかりする。あまり眠っていないのに眠れない。それでもシュラフの中でうだうだし続ける。お腹が空いて起きだして前室を見ると、グランドシートの下が水たまりでたぷたぷ。これは、いつウオーターベッドになるんだろう?というような状況。あー。こんな事なら、パレット借りて曳いておいたら良かったよー。と今更後悔しても遅い。頼むから止んでくれ。そんな願いもむなしく島の人も驚くような大雨は続く。雨の中パパさんはバスで観光に出かける。私は情報収集に観光案内所まで行ったが、色々考えた末、この日はおとなしく過ごす事にして、昼寝をしたり、とまり木の軒先でF650さんやら、チャリダーの女の子やらとお話して一日を過ごす。彼女のテントはかなり浸水していたらしく、無事なのはマットの上のみ、寝返りもままならない状態だったようだ。夕方からは、またもF650さんとパパさんと3人で宴。3日目ともなると憎まれ口をたたいたり、多少プライベートの話題ものぼり、昨日までよりぐっとお友達気分。
23時頃、昨夜島一周に出発した人がびっこを牽きながら帰ってきた。この大雨の中23時間歩き続けたということになる。すごい。
翌日は多少の雨でも動く事を決意して就寝。 

走行0km


4月30日 観光・・・千尋の滝・大川の滝・石楠花の森公園・フルーツフラワーガーデン・白谷雲水峡

石楠花の花
大川の滝

キャンプの千尋の滝割には毎晩比較的夜更かしなのだが、朝は早く目が覚める。この日も6時前に起床。・・・と雨の音がしない。更にはっきり目が覚める。ここの地面はあっという間に水が退くらしく、既に前室の下の水溜りは消えていた。早速行動開始。おなかがすいたが、昨日買出しにいけなかったので朝ごはんがない。コーヒーだけは飲む。
晴れろなんて贅沢言わないから、何とか雨だけは降らないでと祈りつつ8時過ぎに出発。祈りもむなしくまもなくぐずぐずと泣き出す。本格的に降ってきたわけではないので、カッパのボトムだけ履いてまずは千尋の滝へ。ここはかなり離れたところから滝を見る。前日雨量が多かったのでどうも滝見日和のようだ。それでも写真で見たような両側の巨大岩盤上を水が流れ落ちる様子は見られない。あの写真はいったいどういう気象条件でとったんだろう?
次は大川(おうこ)の滝を目指す。途中20匹くらいのヤクザルの集団に道を阻まれる。
サルが多いのは西部林道と聞いていたので少し驚いた。大川の滝の手前で石楠花の森公園。フルーツフラワーガーデンに立ち寄る。有名な中間のガジュマルも近くにあったようだが、翌日志戸子のガジュマル園に行くつもりだったのでパスする。後日、屋久杉自然館でこの中間のガジュマルが島内最大である事を知り後悔する事になった。(観光案内所のねーちゃんにだまされた!!)
 大川の滝は滝見日和だけあって、滝の近くまで行くとしぶきでずぶぬれになるほどの水量、普段は見えるはずの滝の裏の岩が見えない。ここも駐輪スペースから全く歩くことなく滝が見られる。
 そろそろ、お昼。これまで貧しい食生活だったから、今日は屋久島で有名なかぼちゃ屋というラーメン屋で外食するぞと朝から心に誓ってきたので、宮之浦を目指した。西部林道を通りたかったが前日の大雨で通行止めと聞き、来た道を引き返す(後で聞いた話ではどうも通れたらしい)。かぼちゃ屋は前日もかなり混んでいて、並んでいたという話だったので、すぐに見つけられるだろうと思っていたのに、なかなか見つからない。それもそのはず、なんと定休日。すごく悔しい。仕方なく前日とまり木で仕入れたもうひとつのグルメ情報・・といってもなぜかカレー屋にいく。香辛料の香りが良く効いた北インド風本格カレーとやらをいただく。

白谷雲水峡 白谷雲水峡 白谷雲水峡


 午後からは本日のメインイベント白谷雲水峡。私的には一番のお気に入りで、これから屋久島に行く人にはお勧めしたいところ。言葉では言い表せない良さだけど、わかりやすくいえば宮崎駿のもののけ姫の世界かな。苔の緑が水滴でまぶしく、とにかくすべてが緑の世界。2時間半ほどハイキングで、緑の世界を堪能した。
 帰りは明日のフェリーの時間を確認しにターミナルに寄った後、楠川温泉にたちよった。建物は鉄筋コンクリートのボロ屋。それは別段かまわないのだが、私が行った時点でおっちゃんに「2-3人しか入れないから混んでるよ」といわれ、それでも入ろうと決心したところに、家族ずれが数組。私は無類の温泉好きライダーというわけではないので、とまり木の一人でのんびり入れる家庭のお風呂を選択した。
 とまり木に戻ると、F650さんが知り合いのお家に泊まるとやらで、撤収して消えていた。挨拶が出来なかったので、ちょっと淋しいが、帰りのフェリーが一緒だという事を思い出して、ほっとした。
 5時にお風呂をいただき、コインランドリーへ行く。とまり木でも洗濯してもらえるらしいが、さすがの私も男の人たちの洗濯物と一緒に自分の下着を洗うのは、抵抗があった。ビールを飲みながら選択終了を待っていると、同じく旅行客の京都のおばちゃんがお団子をくれた。お団子をあてにビールを飲みながらお話しをした。
 洗濯が終わり気づくと外は真っ暗、当然だが街灯もない。マグライトくらい持って出ればよかった。心細いが仕方なくとまり木を目指す。帰るとパパさんが読書中だったが、この日は屋久島名物サバ節をスーパーで仕入れていたので、これをあてに飲むのに、付き合ってもらう。
11時には就寝。明日は屋久島を発たないといけないと思うと名残惜しい。

走行164km


5月1日 撤収 雨 たくさんの再会・・・屋久島−鹿児島−指宿

目が覚めると、晴れ?よガジュマルし!時間は結構あるのでのんびり朝ごはんを食べ撤収を開始する。・・・とだんだん雲行きが怪しくなり、最終段階のテントをたたむところで雨が降り出す(泣)。姉さんにお礼を言い、とまり木のほかのお客さんに見送られながら9時にフェリーターミナルに向けて出発。フェリーターミナルでF650さんに再会。乗船券ゲットしてから、乗船までまだ2時間あったため、予定通り志戸子のガジュマル園へ。
ガジュマルは怪しい雰囲気をもち、まるで意思があるかのような植物。年輪がないという説明を聞き、更に怪しさが増した気がした。
ターミナルに戻ろうとするとまた大雨。最後まで屋久島らしい。出航まで屋久島自然館で屋久島の復習をする。F650さんお勧めの大型スクリーン映像もみた。25分の上映が終わり出てくると、宮崎行きのフェリーで一緒だったライダーさんとばったり。F650さんともばったり。一緒に腹ごしらえをして、乗船。4時間の船旅は思い出話と昼寝であっという間だった。18時、鹿児島港着。再会を誓ってお別れする。

ここまでが屋久島のお話。
大雨にたたられたけど、そういうときにしか見られない屋久島らしい顔が見られて、ぜんぜん苦じゃなかった。ただ、やり残した事がたくさんで、もう一回行こうと思っている。
遣り残した事、宮之浦岳登山、モッチョム岳登山、中間のガジュマル、白谷雲水峡のタイコ岩。海がめの産卵見学、西部林道走破・・・屋久島の世界遺産登録地域は島の西部の一部で、この辺りを走ると、世界遺産が何たるかがわかるようなところらしい。こう書き出すと遣り残しの多いこと。
古田君。平内海中温泉はさすがに入る勇気がなかったよ。でも見学くらい行ったらよかったかな?これもやり残しかも。

引き続き5月1日 夜

実はこの日は指宿で隠居生活を送っている、まもなく引退するのわが社の元常務の家に泊めていただく事になっていた。(今は指宿から月に半分ほど大阪まで出勤して大阪ではホテル暮らしという生活)鹿児島から指宿まで50km海沿いのR226を快走し、19時指宿駅前に到着。元常務に迎えに来ていただくのを待つ間、カッパを脱いだり、荷物を整理したりしていると、タクシーの運ちゃん、派出所のおまわりさん、地元のおばさん、おばあちゃんに囲まれる。バイクの大きさと、荷物の大きさ、神戸ナンバー、私が女だという事すべてに驚きを隠せない様子。屋久島のとまり木やキャンプ場にはこんなのごろごろいるのになあ。
 元常務が奥様の運転で迎えに来てくださる。ぴかぴかのバリアフリーの新居に、小汚い格好でお邪魔する。それにしても趣味のものに囲まれた隠遁生活なんてうらやましい限りだ。
夕飯に焼肉を食べに連れて行っていただいた。出発以来、肉なんて食べていなかったことに気づく。うまいが、アルコールを全く摂取しないご家庭らしく、さすがにビール・・・とは言い出せず、焼肉なだけに、少しつらかった。
久しぶりにTVやらAUDIOやらの文明の利器に触れた。
お風呂は只で温泉が供給されているらしく、しょっぱい塩化ナトリウムというか海水のお風呂だった。

走行112km


5月2日 おじいちゃん、おばあちゃん孝行・・・指宿

年寄は朝が早い。休みだというのに6時には起きている様子。申し訳ないが、久しぶりの布団をもう少し味わいたくて7時半まで寝坊させていただく。起きだすと豪華な和風の朝食が待っていた。話の成り行き上、この日もとめていただくこととなる。

山中町砂蒸し温泉
埋められました〜


午前中は一人で山中町の砂蒸し温泉へ向かう。今回のツーリングはもちろん屋久島が一番の目的だが、2番目の目的がこの砂蒸し温泉。指宿といえば砂蒸し温泉だが、個人的には隣の山中町の砂蒸し温泉をお勧めする。温泉自体は同じ仕組みだが、なんと行っても景色がすばらしい。開聞岳も見られる。8時半にOpenのところに9時半頃に行ったら、他のお客は数名で貸しきり状態だったから、余計にいい気分。10分から15分程度が目安と書かれていたが、顔は浜風に吹かれながら、波の音と青い海、青い空。砂の心地よい熱さと重みでついうとうとして、気づいたら30分経過していた。まだまだ入っていられそうだったが、砂の重みで手がしびれてきたので、上がることにする。私は特に温泉砂蒸し後の私と開聞岳好きというわけではないが、この砂蒸しだけは別もんだわ。
お昼に帰る約束だったので慌てて、元常務のお宅に戻り、テントやらシュラフを天日で干させてもらう。
お昼からは、元常務と奥様に指宿を案内していただく。唐船峡で流しそうめんを食べ、長崎鼻、フラワーパーク、を廻り、最後はロイヤルホテル指宿のラウンジでお茶をして黒薩摩焼のお猪口と箸置き薬味入れを自分用の土産に購入し帰宅。糖尿で薬を常用している元常務はずいぶんお疲れのようだった。いつものキャンプツーリングにはない一日。
帰宅後は、自宅温泉に浸かり、その後夕食の準備をお手伝いし、またまたご馳走をたらふくいただいた後、元常務の趣味のお部屋を見せていただく。壁一面のLPと旅先で買ったCD達、25年間の旅行(アジア、スペイン、ブラジルなどラテン系、情熱系の国を中心に数え切れないほど旅行しているらしい)のスクラップ。一日いても飽きなさそうな部屋だった。
客間に戻ると、元常務の部屋からは普段私には縁のないクラッシックがズンズンと聴こえてきた。ちょっとあのボリュームは近所迷惑じゃないかしら?

走行32km


5月3日 行き当たりばったり・・・知覧町−川辺町−ナイアガラ−人吉

 この日は早く発とうと、お年よりの早起きに付き合って6時起床。またも豪華な和朝食。片付けのお手伝いもそこそこに出発準

池田湖と開聞岳
岩屋磨崖仏

備にかかり、8時には出発となった。「どこまで行くの?」の問いに「阿蘇のつもり」・・・そう4日には阿蘇で約束があったから、前日から阿蘇入りしておいてもいいかなと思っていたのだ。でもやはり「つもり」だった。
池田湖から開聞岳を見ながら薩摩の小京都・知覧町を目指す。ここには武家屋敷庭園と特攻平和会館がある。目的は前者だったが、武家屋敷の入園料取扱所の商店で、おばちゃんに知覧茶をいただきながら世間話をしていると、今日は慰霊祭だから行ってくといいよとの事。結局両方を回る事にした。武家屋敷庭園は1760年頃の武家屋敷群で現在も住居として使用されおり枯山水の庭園を見学させていただける(7軒ほど)。また、知覧町は太平洋戦争末期の特攻基地で平和会館には特攻隊員に関する資料(遺書など)が収集・展示されていた。
 次に訪れたのは、川辺町の岩屋磨崖仏。かつて訪れた国東の熊野磨崖仏とは全く異なるもので、広々としたファミリーがバーベキューを楽しんでいる公園のお散歩コースから、見る事ができた。

武家屋敷庭園群
曽木の滝


 のんびり観光していたら、お昼になってしまった。今から阿蘇は無理だろう。地図と相談の結果、以前にいったことがある人吉クラフトパークキャンプ場にめどをつける。確か予約も要らなかったし、きれいな割には、この時期でも混みすぎという事はなく、値段も手ごろだったはず。
 川辺ICから指宿スカイラインに乗り、九州自動車道の鹿児島北ICで高速をおり、R328−267県道404で北上。途中東洋のナイアガラ(地図にそう書かれている)曽木の滝に立ち寄る。途中のGSでおっちゃんが「たいした事ないよ」といっていたが、いやいや、結構大したもんだった。奇景ともいえるかな?
 キャンプ場には4時にin。のんびりと設営、お風呂、買出しが出来る。お風呂は出来たばかりの結構高そうな華荘ホテルのお風呂\500。キャンプ場は\420。
 一人だし500mlで十分人吉クラフトパークキャンプ場かな?なんて発泡酒を片手に食事をはじめたところで、福島ナンバーのVTR1000君と福岡ナンバーのDR君に話し掛けられる。いいんだけど、一人だけ飲んだり食べたりしづらい。しかし彼らはすっかり私のテントの前に腰を落ち着けてしまったので、仕方なく一人だけ遠慮なく、パクパクぐびぐび(彼らは外食したらしい)。ちょっと申し訳なかったので、お茶を入れて差し上げて、夜10時までお話した。VTR君は沖縄帰り。DR君は同じく屋久島から種子島経由で福岡に帰る途中。多分島で私を(TDMを)目撃したらしい。やっぱり広いようで狭いぞ日本。

走行207km


5月4日 人吉−阿蘇

 やっぱり早起き。晴れ。吊橋
この日の予定は決まっている。目指すは阿蘇の坊中キャンプ場。屋久島で一緒だったパパさんのお友達数人が集まる(いわゆるOFF会)とのことでお誘いを受けていだのだ。私に良く似た神戸出身の女性ライダーがいるという。一気に阿蘇へ行き、テント設営後、渋滞覚悟の阿蘇観光、温泉、買出しという段取りを思い描いて出発。
 VTR君とDR君に別れをつげ、R445を北上。途中泉村で梅の木轟公園吊橋に立ち寄り、少し散策しているとVTR君もやってきた。佐賀へ抜ける途中らしい。またまたお別れをいい出発。R445−218、県道319(これは景色の点でとってもお勧め)R325−57経由でキャンプ場に到着。R57は渋滞していた。13時梅の木轟頃、坊中キャンプ場へ到着するとパパさんがいる!!良かった。ちゃんと会えた!お友達のセローとGPZ900も。このセローの持ち主がパパさんによると私に似ているらしい。うーん。私はこういう印象なのかあ。彼女はFZS600のオーナーでもあり、今回の九州ではセローで林道攻めまくっていたらしい。小さくて元気な人だった。挨拶をすると500mlのビールが出てきた。「いや私はまだお風呂と、買出しが・・・。」と口ではいいながら、プシュっておいおい「かんぱーい」 結局テント設営しながら飲み始め、そのまま宴会突入。みんな初めから、酒キャンと割り切っているようだ。
 FZのオーナーズクラブの人やら、OFF会のメンバーやら、同じキャンプ場の宴会好きがわやわや集まって。総勢15名での酒盛りとなった。増える増える。バイクという共通点があるだけなのに、さっきあったばかりの人が、既にお友達。すごく楽しい時間が過ぎ、10時にはお開きとなった。
 温泉も草千里も大観望も火口も行ってないけど、また来ればいっか。おやすみなさい。
そうそう、ここのキャンプ場はライダーが多い100人くらいはいたんじゃないかなあ?一張り\600なり

走行180km


5月5日 ひたすら走る・・・阿蘇−竹田津−徳山−神戸

 やはり6時起床。昨日あれだけ人がいたのに、身内はもう既に出発してしまった人のほうが多い。撤収しながら、今日の帰りのルートを考える。
 セローさん、FZさん、CB400さん、パパさんに見送られながら7時40分出発。やまなみハイウェイを爆走。途中トイレ休憩兼GSチャージをとり、とりあえずスオーナダフェリ−に乗るべく竹田津港へ向かう。11時着。次の便は12時半。もう少しのんびり来ても良かったなあ。フェリーに乗るべきかどうか少し迷ったが、まだ先は長い。体力温存のため、ゆっくり昼食休憩をして待つ事にする。ターミナルで車の整理しているおじさんに、昼ごはん食べられる店はないか?と訊くと「竹屋」という店を教えてくれる。地元的にかなりおいしいと評判の様子。思えば、今回は全くグルメでない、ひもじいツーリングだった。よし。今度こそうまいもん喰うぞと勇んでいけば、営業は12時から・・・つくづくグルメに見放された旅だ(2kg痩せて帰ったと聞けば、いかに質素な食生活だったか、わかろうというものだ)。仕方なくそれでも一応地元の人お勧め(ここしかないのかも)の軽食やさんに入る。寂れた漁港の町にしては、今時の和風の内装でこじゃれた店だった。フェリーはあまりきれではない。明石淡路間のフェリーに似た感じ。12時半出航14時半着まで十分休息を取る。徳山に到着後、下道R2の様子をうかがうと、走りやすそうなので、いけるところまでR2で行ってみる事にする。予定としては広島市内に入る手前くらいで、山陽道に逃げるつもり。快走でぜんぜんストレスがない。いい感じだ、と思ったとたん岩国まで来たところで、すり抜けもままならないような、ドツボの渋滞にはまる。やっとの思いで渋滞を抜け、大竹から山陽自動車道を利用し残りはひたすら高速。ところどころ渋滞もあり路肩を走る。小谷SAでトイレ休憩兼GSチャージ。寒くなってきたので吉備SAでフリースを着込む。後はひた走り、山陽姫路西ICから太子龍野バイパス、姫バイ、加古バイ、第二神明。高速を降りた時点で9時だった。ここに来て、腹が減った事に気づき、ふと浜夕によることを思い立つ。GWって営業してるんかなあ?・・・なんと営業中。小汚い格好でお夕飯を食べさせていただく。(さすがに体力消耗した状態で飲酒運転は怖かったので、ビールは我慢した)よほどやつれていたのか、レバ刺しの差し入れあり。ごちです。帰宅したら10時半だった

走行576km


 今回久しぶりのソロロング。これまで結構走るのがメインのツーリングが多かったが、今回は走行距離はかなり少なめの滞在型。新しいツーリングというよりも、旅のスタイルを見つける事が出来た気がする。神戸に帰ってからもお付き合いが出来そうな新しいお友達が出来たのも、今回の収穫。その人たちに以外にも、同じ旅の途中の人や、地元の人たちと接する事ができ、一期一会を感じた旅となった。